「生成AIでデータ分析を民主化する」とは、専門知識を持たない社員でもAIの力を借りて自社データを読み解き、日々の業務判断に活かせる状態を指します。2026年7月30日・31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo 2026」では、家具・インテリア大手のニトリホールディングス(東証プライム上場)が、この民主化に向けた取り組みと、その過程で直面した壁について講演で紹介しました。本記事は8月24日付のITmediaビジネスオンラインの取材記事を一次情報とし、当協会の視点から中小企業向けに読み解いたものです(2026年8月時点)。
要点は次の3つです。①ニトリHDはクラウド基盤をGoogle Cloudへ移行し、データ分析基盤BigQueryにデータを集約、2600本を超える分析用テーブルを整備した。②基盤があっても全社的な共有制度がなく、担当者が「データ分析が『できる』にとどまり、活用が広がるかどうかは別問題」と語る「認知の限界」に直面した。③BIツールを「参照機能」と「探索機能」に分け、AIによるコード自動生成を活用することで、開発工数をほぼ半分に圧縮できたという。詳細は一次情報(上記リンク)をご確認ください。
生成AI データ分析 社内用語の壁――5年かけて基盤を整えた大企業でも起きたこと
ニトリHDは自社を「製造物流IT小売業」と位置づけるほどIT・データ活用に注力してきた企業で、約5年をかけてデータ分析基盤を整備してきたといいます。クラウドサービスをGoogle Cloudへ移行し、これまで分析できなかった顧客の行動データや、オンライン・オフラインをまたぐ顧客接点の関連データまで、BigQueryに取り込めるようになりました。2022年後半からは本格稼働も始まり、エクセル管理につきものだった容量制限や更新の手間からも解放されたといいます。
しかし、基盤が整っただけでは活用は広がりませんでした。分析に使う主要なテーブルは2600本を超え、システム部門以外の社員が使いこなすには荷が重い状態だったのです。ここで担当者が指摘したのが「認知の限界」という壁でした。データを分析する仕組みが「できる」ことと、現場の一人ひとりがそれを「使おう」と思えることは、まったく別の問題だという指摘です。
AI活用が定着しない理由は技術力ではなく「心理的ハードル」にある
この事例が示唆するのは、生成AIやデータ分析基盤を導入すれば自動的に活用が広がる、というわけではないという点です。むしろ、いくら高機能なツールを揃えても、使う側が「自分にも扱えそうだ」と感じられなければ、宝の持ち腐れになりかねません。これは大企業・中小企業を問わず共通する構造的な課題であり、ニトリHDのような投資規模でなくても起こり得ることだといえます。
加えて記事では、システム内で使われている略語やコード表記など「社内用語」がAIにはそのままでは理解できず、これがAI分析の壁になっていたことも紹介されています。社内の人間であれば当たり前に読み解ける表記も、AIにとっては意味の分からない記号の羅列に過ぎない、ということです。
BIツール AI 使い分けで開発工数を圧縮――「参照」と「探索」の機能分割
この壁に対してニトリHDが取った対応の一つが、BIツールの用途を「参照機能」と「探索機能」の2つに分割することでした。「参照機能」は、AIがコード生成システムを使ってあらかじめ必要な機能だけを厳選したもので、SQL(データベースを操作する言語)を理解しない一般社員でも使えるように設計し、各店舗の全社員へ配ることを前提としています。一方「探索機能」は、SQLを理解できる一部のシステム部門・分析部門の社員向けに残しました。
この機能分割とAIによるコード自動生成の組み合わせにより、開発工数をほぼ半分程度まで圧縮できたと担当者は説明しています。なお、同記事は2ページ構成となっており、後半ページでは社内用語をAIに読ませる具体的な工夫や、IT技術者がいなくても取り組めるデータ分析基盤の整備手法が紹介されている可能性がありますが、当協会ではその詳細部分の一次情報を確認できていません。本記事では、確認できた範囲(用語の壁と機能分割による対応)に限定してお伝えします。
中小企業 データ活用 基盤整備の一歩――今日から棚卸しできること
ここで押さえておきたいのは、ニトリHDは東証プライム上場の大企業であり、5年という期間と相応の投資をかけて基盤を整えてきたという事実です。同じ規模のBigQuery基盤やシステム部門の体制を、中小企業がそのまま真似ることは現実的ではありませんし、当協会としても同水準の投資を推奨するものではありません。
一方で、規模によらず共通する教訓もあります。それは「データを整えても、社内の言葉が統一されていなければAIには読めない」という点です。中小企業の現場でも、社内でしか通じない略語や、担当者だけが意味を知っている品番・コード表記は珍しくありません。むしろ人数が少ない組織ほど、こうした「暗黙の共通言語」に依存している場合があります。
そこで今すぐできる小さな一歩として、まず自社で日常的に使っている略語・コード表記・独自の呼び方を一覧に棚卸しすることをおすすめします。エクセルやスプレッドシートに「表記/正式名称/意味」の3列を作るだけでも構いません。無料のAIチャットツールに、この一覧と実際の業務データの一部(サンプル)を渡し、「この表記の意味を踏まえて、この数字を要約してほしい」と依頼してみると、AIが用語を正しく解釈できるかどうかを低コストで検証できます。大掛かりな基盤構築の前に、まずこの棚卸しから始めることが、費用をかけずに着手できる最初の実証実験になります。
当協会の視点:データ活用は基盤より先に「言葉の整理」から
当協会では、中小企業のAI・DX導入を支援する中で、立派なツールを導入しても現場に定着しないというご相談を数多くいただいています。今回のニトリHDの事例は、基盤整備の規模こそ異なりますが、「社内用語の壁」と「心理的なハードル」という構造は中小企業にも共通するものだと考えています。AI・DXに関する情報は、生成AIやデータ活用の最新動向を紹介する当協会のオウンドメディア(https://dx-ai.seed.or.jp/)でも随時発信していますので、あわせてご参照ください。まずは自社の用語棚卸しやAI活用の小さな実証から、当協会が伴走してご支援することも可能です。
まとめ
ニトリHDの事例が示すのは、5年をかけてデータ分析基盤を整えた大企業であっても、「基盤があるだけでは活用が広がらない」「社内用語がAIには読めない」という壁に直面したという事実です(2026年8月時点)。これは特定の大企業に限った特殊な話ではなく、規模によらず共通し得る教訓といえます。中小企業にとっては、同規模の投資を目指すのではなく、まず社内で使っている略語やコード表記を棚卸しし、AIが正しく解釈できるかを小さく検証してみることが、無理のない最初の一歩になります。


