2026年8月2日、EU AI法(EU AI Act)第50条の「透明性義務」の適用が始まりました。AIとやりとりしていることを利用者に分かるようにすること、AIが生成したコンテンツにそれと分かる印を付けること。この2つが昨日から法的義務になりました(2026年8月時点)。出典は欧州委員会の「Transparency obligations under Article 50 of the AI Act」(FAQ・2026年7月24日更新)です。なお本記事は情報提供であり、法的助言ではありません。
EU AI法の透明性義務とは何か
透明性義務とは、AIが関わっていることを相手に隠さず伝えるための義務のことです。第50条は義務を負う立場を2つに分けています。
- 提供者(プロバイダー)=AIを開発して市場に出す側。①チャットボットやAIエージェントなど人と直接やりとりするAIは「相手はAIである」と分かるよう設計・開発する(1項)②生成AIが作った合成の音声・画像・動画・テキストに機械可読で検出可能なマーキングを施す(2項)。
- 導入者(デプロイヤー)=そのAIを職業上または事業として使う法人・自然人。①感情認識・生体分類システムの利用は対象者へ告知(3項)②ディープフェイク等を明確にラベル表示(4項。詳細は後述)。
1項の「明らかな場合を除く」という例外について、欧州委員会は判断基準を「合理的に情報を持ち、注意深く、観察力のある平均的な人」に置き、この例外は透明性を奪うため限定的に解釈すべきと明示しています。条文の解説は7月24日公開の予告記事に譲り、以下は実務の話に絞ります。
EU AI法は日本企業に影響するのか
日本にいるから自動的に対象外、とはなりません。前掲FAQは、EU域外の提供者であっても、そのAIシステムの出力がEU域内で使われる場合はAI法の対象になると明記しています。軸は「どこにいるか」ではなく「出力がどこで使われるか」です。
導入者側も同様です。個人が私的に使う分には対象外ですが、継続的に経済的利益を得る場合や、事業・職業・フリーランス活動の一環で使う場合は「導入者」に当たります。法人が導入者の場合、その指示・管理下で働く従業員は別個の導入者とは見なされず、外注先やフリーランスが法人の責任と管理のもとで関わる場合も法人が導入者であり続けます。
ただし実際に適用されるかは個別の事情によります。EU向けの取引やEU域内の利用者がいる可能性がある場合は、自己判断せず専門家にご確認ください。
AI生成コンテンツのラベル表示とディープフェイクの表示義務
導入者がまず押さえたいのが4項です。対象は、①ディープフェイク(AIで生成・改変した画像・音声・動画)と、②公共の関心事について公衆に情報提供する目的で公開されるAI生成・改変テキスト。「公共の関心事」には、政治・民主的プロセス、行政・公共サービス、司法・法執行、基本的権利、公共の安全、公衆衛生、環境保護、消費者安全、公の議論の対象となりうる経済・政治・科学・文化の動向が挙げられています。
実務でいちばん効くのが免除規定です。人によるレビュー、または編集管理を経て公開されたテキストはラベル表示が不要とされています。ただし要件は形式的ではなく、「人によるレビュー」とは相応の知識と専門的判断を持つ人が内容の実質を意図的に検討すること、「編集管理」とは編集責任者が実質的な根拠にもとづき内容を承認・修正・却下する権限を実際に行使すること。誤字脱字や文法の確認は該当しないと明示されています。
なお、ソースコードや、人間の目に触れず自動処理される機械間通信のみの出力、AIが標準的な編集の補助機能を果たす場合は、マーキング義務の対象外です。
AI生成の表示に中小企業が今日からできる小さな一歩
- どこでAIを使っているか棚卸しする:チャットボット、メール文面、記事、画像素材、営業資料。表にするだけで判断対象が見えます。
- チャットボットの冒頭に一文を足す:「このチャットはAIが自動で応答しています」。通知は最初のやりとりの開始時点で明確かつ識別可能に、が要件です。
- EU公式アイコンを試す:欧州委員会がラベル用アイコンを無償公開しています(黒・白・各50%透過の4種、SVG/PNG)。同委員会の解説によれば帰属表示は不要で誰でも自由に使え、ユーザーテストではアイコン単体よりテキストラベル(例:「modified」)併記のほうが成績が良いとされます。使用は任意で、それ自体で法令適合になるわけではありません。
- 置き方を決める:最初に接触する時点までに識別でき、他の要素と重ならず、再共有されても見えるようコンテンツに直接埋め込む(創作物は除く)。altテキスト等の配慮も推奨です。
- 人的レビューの記録を残す:誰がいつ、どの観点で内容の実質を検討し承認したか。公開フローに承認者欄を1行足すだけでも説明材料になります。
- 実務規範を確認する:「Code of Practice on Transparency of AI-generated Content」(2026年6月10日最終版)には7月末時点で約190の企業・団体が署名。署名は任意ですが、しない場合は他の手段で適合性を証明する必要があります。
猶予期間と制裁——押さえておく日付
猶予は限定的です。2026年8月2日より前に市場へ投入されたAIシステムに限り、かつ2項(機械可読マーキング・検出)についてのみ、12月2日まで。それ以外の義務に猶予はありません。また8月2日より前に生成されたコンテンツを遡ってラベル表示する必要はありませんが、欧州委員会は可能な範囲で行うことを推奨しています。
執行は主に各国の市場監視当局が担います。制裁金は最大1,500万ユーロ、または前会計年度の全世界売上高の3%のいずれか高い方まで。中小企業(SME)・小規模中堅企業(SMC)には比例性が考慮されうるとされています。
当協会の視点:AI利用を説明できる状態にする
求められているのは高度な技術ではなく、自社がどこでAIをどう使い、誰が内容に責任を持っているかを、聞かれたときに説明できる状態です。規制対応に限らず、取引先からの照会や社内の品質管理にも効きます。当協会では Claude や Google Workspace の導入支援とあわせ、AI利用ルールの整備やレビュー体制づくりをご支援しています。関連してAIガバナンスとAIセキュリティ対策の記事もご覧ください。まずは棚卸しの1枚から、で十分です。
まとめ
- 第50条の透明性義務は2026年8月2日から適用開始。AI対話の明示とAI生成コンテンツのラベル表示が柱。
- EU域外の事業者でも出力がEU域内で使われれば対象になり得ます。EU向けの事業がある場合は専門家にご確認を。
- 公共の関心事に関するAI生成テキストは、実質的な人的レビューまたは編集管理を経ていればラベル不要。
- 猶予は8月2日より前に投入されたシステムの2項のみで12月2日まで。制裁金は最大1,500万ユーロまたは全世界売上高3%の高い方です。


