独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は2026年1月29日、毎年恒例の調査レポート「情報セキュリティ10大脅威 2026」を公開しました(最終更新は2026年5月21日)。本ランキングは、情報セキュリティの有識者・実務者約250名で構成される「10大脅威選考会」が、前年(2025年)に発生した社会的に影響の大きかった事故・攻撃事例をもとに審議・投票して順位を決定するものです。日本国内のあらゆる組織がセキュリティ対策の優先順位を検討するうえでの重要な指標として参照されています。
2026年版で特に注目すべきは、3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めてランクインしたことです。生成AIの業務利用が中小企業にも急速に広がる一方で、それに伴う新しいリスクが無視できない水準に達したことを、IPAという公的機関が正式に認めた形といえます。本記事では、IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」の全体像を整理したうえで、中小企業が特に警戒すべき脅威、そして初選出となったAIリスクへの実務的な対策を解説します。
情報セキュリティ10大脅威2026とは
選考の仕組みと信頼性
「情報セキュリティ10大脅威」は、IPAが2006年から毎年発表している調査レポートです。セキュリティベンダーや研究者など約250名からなる選考会が、前年に発生した社会的影響の大きい事故・攻撃を対象に審議・投票を行い、組織編と個人編それぞれで上位10件の脅威を選出します。2026年版は2026年1月29日に公開され、2026年5月21日に内容が更新されました。実際の被害・事故事例に基づいて順位付けされている点が、他の民間調査と一線を画す特徴です。
2026年 組織編ランキング一覧
出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「情報セキュリティ10大脅威 2026」(2026年1月29日公開、2026年5月21日最終更新)。組織向けの順位は以下のとおりです。
| 順位 | 脅威名 | 選出状況 |
|---|---|---|
| 1位 | ランサム攻撃による被害 | 11年連続11回目 |
| 2位 | サプライチェーンや委託先を狙った攻撃 | 8年連続8回目 |
| 3位 | AIの利用をめぐるサイバーリスク | 2026年 初選出 |
| 4位 | システムの脆弱性を悪用した攻撃 | 6年連続9回目 |
| 5位 | 機密情報を狙った標的型攻撃 | 11年連続11回目 |
| 6位 | 地政学的リスクに起因するサイバー攻撃(情報戦を含む) | 2年連続2回目 |
| 7位 | 内部不正による情報漏えい等 | 11年連続11回目 |
| 8位 | リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃 | 6年連続6回目 |
| 9位 | DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃) | 2年連続7回目 |
| 10位 | ビジネスメール詐欺 | 9年連続9回目 |
中小企業が特に警戒すべき脅威はどれか
1位・2位・3位は「セットで」警戒すべき
順位だけを見ると1位のランサム攻撃、2位のサプライチェーン攻撃に目が向きがちですが、中小企業の実態を踏まえるとこの2つと3位のAIリスクは切り離せません。中小企業は大企業と比べてセキュリティ人材・予算が限られているため、委託先経由でランサムウェアに感染し、その過程で機密情報が窃取され、さらに対応中に従業員が生成AIへ機密情報を入力してしまう、という流れが同時多発的に起こりうるためです。当協会がDX支援の現場で中小企業の経営者と接する中でも、「ランサム対策は多少やっているが、AIの利用ルールは何もない」という声が非常に多く聞かれます。
5位・7位・10位も見落とせない
5位の標的型攻撃、7位の内部不正、10位のビジネスメール詐欺は、いずれも「人」を起点とする脅威です。中小企業では属人的な業務プロセスが多く、経理・総務担当者が単独で振込処理を行っているケースも珍しくありません。こうした体制は、なりすましメールによる詐欺被害の温床になりやすく、技術的対策と同時に、承認フローの二重化といった業務プロセス面の見直しが必要です。
初選出「AIの利用をめぐるサイバーリスク」を徹底解説
なぜ2026年に初めてランクインしたのか
生成AIは2023年以降、業務効率化のツールとして急速に普及しました。当協会が支援する中小企業でも、議事録の要約やメール文面の作成に生成AIを利用する企業が着実に増えています。一方で、便利さが先行するあまりセキュリティ・情報管理のルール整備が追いついていない企業がほとんどというのが実感です。IPAが本脅威を初選出した背景には、こうした「利便性と管理体制のギャップ」が実際の情報漏えい事故や詐欺被害という形で顕在化したことがあると考えられます。
リスク(1):生成AIへの機密情報入力
最も基本的でありながら発生件数が多いのが、従業員が生成AIの入力欄に顧客名簿、契約書、社外秘の企画書といった機密情報をそのまま貼り付けてしまうケースです。無料版の生成AIサービスの一部は、入力内容をサービス改善のための学習データとして利用する設定になっている場合があり、意図せず情報が外部に渡るリスクがあります。
リスク(2):プロンプトインジェクション
プロンプトインジェクションとは、AIに与える指示(プロンプト)に悪意ある文言を紛れ込ませることで、AIに意図しない動作をさせたり、本来アクセスできないはずの情報を出力させたりする攻撃手法です。生成AIを組み込んだ社内チャットボットや、外部データを自動で読み込んで要約するAIツールを導入している場合、悪意あるWebページやメール本文を経由してAIが乗っ取られる可能性があります。
リスク(3):AIを悪用した精巧なフィッシング・詐欺
攻撃者側も生成AIを利用しています。従来は不自然な日本語ですぐに見抜けたフィッシングメールが、生成AIによって文法・敬語・業界特有の言い回しまで自然な文面に仕上げられるようになりました。音声合成AIを使った経営者の声のなりすまし(ボイスフィッシング)による振込詐欺の事例も報告されており、「メールや電話の違和感」に頼った見分け方は通用しにくくなっています。
リスク(4):シャドーAI(管理外のAI利用)
シャドーAIとは、会社が公式に許可・管理していない生成AIサービスを、従業員が個人判断で業務に利用してしまう状態を指します。情報システム部門が実態を把握できないまま、部署ごと・個人ごとにバラバラのAIツールへ社内データが分散して入力されている状態は、情報漏えいのリスクを著しく高めます。中小企業では専任の情報システム担当者がいないことも多く、シャドーAIの実態把握そのものが後回しになりがちです。
中小企業での対策事例
事例1:製造業のお客様(従業員30名規模)― 生成AI利用ガイドラインの策定
金属加工を営む製造業のお客様では、複数の従業員が個人判断で無料の生成AIツールを利用していた実態を確認しました。当協会の支援のもと「入力してよい情報/入力禁止の情報」を明文化した簡易ガイドラインを作成し、全従業員に周知しました。結果として、社内での生成AI活用は継続しつつ、顧客情報や見積金額を入力する事故を防ぐ体制を整えられました。
事例2:建設業のお客様(従業員20名規模)― 委託先を含めたアクセス権限の見直し
建設業のお客様では、外部の協力会社と共有するクラウドストレージのアカウントが長期間パスワード変更されていない状態でした。サプライチェーン経由の攻撃を警戒し、Google Workspaceの管理コンソールで多要素認証を必須化するとともに、協力会社ごとにアクセス権限を必要最小限に絞る棚卸しを実施しました。導入後は「誰が・どの情報にアクセスできるか」を経営者自身が把握できる状態になりました。
事例3:卸売業のお客様(従業員15名規模)― ビジネスメール詐欺を想定した承認フローの導入
卸売業のお客様では、経理担当者1名が振込処理を単独で完結できる業務フローになっていました。取引先を装った偽の振込先変更メールが届いた際、担当者が違和感を覚えて確認したことで実害は防げたものの体制としては脆弱でした。そこで一定金額以上の振込には経営者の口頭承認を必須とするフローへ見直し、振込先変更の依頼は必ず電話で本人確認する運用を徹底しました。
対策を進めるうえでの注意点
コスト:高額なセキュリティ製品ありきで考えない
セキュリティ対策と聞くと高額な専用製品の導入を連想しがちですが、中小企業にとって重要なのは、まず費用をかけずに実施できるルール整備(多要素認証の設定、生成AI利用ガイドラインの策定等)を優先することです。高額な製品を導入しても、運用できなければ意味がありません。
運用負荷:担当者の兼務による形骸化リスク
中小企業では情報システム担当が総務や経理と兼務しているケースが大半です。対策導入の直後は徹底されていても、日常業務に追われるうちにチェックが省略され、いつの間にか形だけのルールになってしまうことが少なくありません。定期的な棚卸しを、誰か1人に依存しない仕組みとして組み込む必要があります。
形骸化:ルールを作って終わりにしない
生成AI利用ガイドラインやパスワードポリシーは、作成した時点がゴールではありません。新入社員が入社するたびに周知されなければ、数か月で形骸化します。定期的な読み合わせや、入社時研修への組み込みなど、継続的な運用の仕組みとセットで設計することが重要です。
過信:対策を導入しても100%は防げない
多要素認証や生成AIガイドラインを導入したからといって、被害が完全にゼロになるわけではありません。「対策済みだから安全」という過信は、かえって初動対応の遅れにつながります。漏えいが起きた場合を想定した初動対応の手順(誰に、どの順番で連絡するか)まで準備しておくことが望まれます。
よくある失敗パターンと対策
失敗パターン1:経営者だけが危機感を持ち、現場に伝わっていない
セキュリティセミナー等に参加した経営者が危機感を強め、対策の必要性を実感しても、その内容が現場の従業員まで伝わらなければ意味がありません。経営者自身の言葉で、なぜ対策が必要なのかを朝礼やミーティングで共有することが第一歩です。
失敗パターン2:一括禁止で現場の反発を招く
生成AIの利用を「一律禁止」にしてしまうと、便利さを実感している従業員の反発を招き、結果的にシャドーAI(管理外での利用)を助長してしまうことがあります。禁止ではなく「安全に使うためのルール作り」という方向性で進めることが、実効性のある対策につながります。
失敗パターン3:IT担当者任せにして経営課題として扱わない
セキュリティ対策を情報システム担当者個人の裁量に任せきりにすると、予算確保や全社的なルール徹底が進みません。10大脅威に見られるとおり、ランサムウェアやAIリスクは事業継続そのものを揺るがす経営課題です。経営者自身が主導し、必要な予算と権限を担当者に与える体制づくりが欠かせません。
まとめ
IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」は、ランサム攻撃・サプライチェーン攻撃という定番の脅威に加え、AIの利用をめぐるサイバーリスクが初めて上位にランクインしたことが最大の特徴です。中小企業にとっては、生成AIへの機密情報入力、プロンプトインジェクション、AIを悪用した精巧なフィッシング、シャドーAIという4つのリスクを理解し、コストをかけずに始められるルール整備から着手することが現実的な一歩となります。まずは自社の生成AI利用の実態を棚卸しすることから始めてみてはいかがでしょうか。より詳しい活用方法やDX推進のヒントは、当協会のAI・DX支援サイトでも随時発信しています。


