勤怠・労務DXとは、紙のタイムカードやExcelで行ってきた勤怠管理・給与計算・入退社手続きなどを、クラウドの勤怠管理システムや労務システムに置き換え、データでつなげて回す取り組みです。中小企業にとっての結論は「まず勤怠の打刻と集計をシステム化し、給与計算との連携まで一気通貫にする」ことです。これだけで、毎月の締め作業の負担と計算ミスの多くを減らせます。
本記事では、勤怠・労務DXが今求められる理由、対象になる業務、進め方の7ステップ、勤怠管理システムの選び方と主要3製品の料金比較、業種別の導入事例、注意点とよくある失敗までを一つにまとめました。なお、法令については一般的な内容に留めています。自社への当てはめは厚生労働省の公式情報や社会保険労務士にご確認ください。
勤怠・労務DXとは
勤怠管理と労務管理の違い
勤怠管理は、従業員の出勤・退勤・休憩・残業・休暇といった「働いた時間」を記録・集計する業務です。労務管理はそれより広く、給与計算、社会保険・雇用保険の手続き、入退社手続き、年末調整、就業規則の運用までを含みます。勤怠データは給与計算の元データになるため、勤怠管理は労務管理全体の入口にあたります。
「デジタル化」と「DX」の違い
タイムカードをICカード打刻に変えるだけなら、それは「デジタル化」です。勤怠・労務DXと呼べるのは、打刻データがそのまま集計され、残業時間のアラートが自動で出て、給与計算ソフトへ転記なしで連携されるなど、業務の流れそのものが変わった状態です。人が転記・照合する工程をどれだけ減らせたかが、DXの成果を測る目安になります。
中小企業にとってのメリット
- 締め作業の短縮:タイムカードの手集計や転記がなくなり、月末月初の作業時間が減ります。
- 計算ミスの防止:就業ルールをシステムに設定しておけば、残業代・深夜手当などの計算が自動化されます。
- 法令対応の見える化:残業時間や有給休暇の取得状況をリアルタイムで確認でき、上限超過や取得漏れに早く気づけます。
- 働き方の多様化への対応:スマートフォン打刻などで、直行直帰や複数拠点の勤務も記録しやすくなります。
なぜ今、勤怠・労務DXが必要なのか
働き方改革関連の法令対応
2019年4月から、労働安全衛生法にもとづき、事業者には労働時間を客観的な方法で把握することが求められています。同じく2019年4月からは、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、年5日を取得させることが義務になりました。
時間外労働には上限規制があり、原則は月45時間・年360時間です。臨時的な特別の事情がある場合(特別条項)でも年720時間などの上限が定められています。建設業・自動車運転の業務・医師については、2024年4月から上限規制が適用されています。これらを紙とExcelで正確に管理し続けるのは、従業員が増えるほど難しくなります。詳細な要件は厚生労働省の公式情報や社会保険労務士にご確認ください。
最低賃金の改定と人件費管理
2026年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,177円(前年度比56円増)となりました。発効日は都道府県ごとに異なり、2026年10月1日から12月にかけて順次発効します(10月発効が37都道府県、11月が7府県、12月が3県)。自社の所在地の金額と発効日は、必ず厚生労働省の最新情報でご確認ください。
最低賃金が上がると、時給で働く従業員の給与設定の見直しだけでなく、月給者の時間単価が最低賃金を下回っていないかの確認も必要になります。勤怠と給与のデータがシステムでつながっていれば、こうした確認や人件費の試算を短時間で行えます。
人手不足とバックオフィスの属人化
中小企業では、総務・経理を1〜2名で担っていることが少なくありません。勤怠の集計や給与計算が特定の担当者の頭の中とExcelに依存していると、その人が休んだり退職したりしただけで業務が止まります。人手不足の中で採用・定着を進めるためにも、バックオフィスを「誰でも回せる」状態にしておくことが重要です。
賃金のデジタル払いなど制度の変化
2023年4月には、資金移動業者の口座への賃金支払い(賃金のデジタル払い)が解禁されました。すぐに導入が必要な制度ではありませんが、給与の支払い方法も含めて労務の仕組みが変わりつつあることを示しています。制度変更のたびに紙の運用を作り直すより、設定変更で対応できるシステムに乗せておく方が、長い目で見て負担が軽くなります。
勤怠・労務DXの対象になる業務
勤怠まわりの業務
- 打刻:ICカード、スマートフォン、PC、生体認証などで出退勤を記録します。
- シフト管理:希望シフトの収集、シフト作成、実績との差異の確認を行います。
- 残業管理:時間外労働の申請・承認、上限に近づいた従業員へのアラートを出します。
- 有給休暇管理:付与日数・残日数の管理、年5日取得の進み具合の確認、休暇申請の承認を行います。
給与・手続きまわりの業務
- 給与計算連携:勤怠の集計結果を給与計算ソフトへ連携し、転記作業をなくします。
- 入退社手続き:従業員情報の収集、雇用契約書の作成、社会保険・雇用保険の手続きを行います。
- 年末調整:従業員が控除申告書をWebで入力し、担当者が確認・計算します。
- 電子申請:社会保険・労働保険の各種届出をオンラインで提出します。
どこから手を付けるべきか
すべてを一度に変える必要はありません。多くの中小企業では、毎月発生して作業量が多く、ミスが給与に直結する「打刻・集計・給与連携」から始めるのが効果的です。入退社手続きや年末調整は、勤怠が安定して回るようになってから、同じ製品群や連携できる製品で広げていくと、二重入力を避けられます。
勤怠・労務DXの進め方7ステップ
Step 1:現状の業務と工数を棚卸しする
打刻から給与支払いまでの流れを書き出し、誰が・いつ・何に・何時間かけているかを整理します。「タイムカードの集計に毎月何日かかっているか」「転記は何回発生しているか」を数字で押さえておくと、導入後の効果を比べやすくなります。
Step 2:就業規則と実際の運用のずれを確認する
システムには就業規則のルールを設定します。規則上の所定労働時間、残業の計算単位、休憩の取り方、手当の条件などが、実際の運用と一致しているかを確認してください。ここがずれたまま設定すると、正しく見える計算結果が実は誤っている、という事態になります。
Step 3:目的と優先順位を決める
「締め作業の時間を半分にする」「残業の上限超過をゼロにする」など、目的を一つか二つに絞ります。目的によって、打刻方法やアラート機能など重視すべき機能が変わります。
Step 4:要件を整理し、製品を2〜3に絞る
打刻方法、雇用形態、シフトの有無、使っている給与計算ソフト、予算などの要件を一覧にし、候補を2〜3製品に絞ります。選び方の詳しいポイントは次の章で解説します。
Step 5:無料トライアルで試験運用する
多くのクラウド勤怠管理には無料のお試し期間や無料プランがあります。一部の部署や数名で実際に打刻・申請・集計まで回し、現場の使いやすさと管理側の設定のしやすさを確認します。
Step 6:初期設定と社内への周知
従業員情報、就業ルール、承認フローを設定し、打刻方法や申請手順を短いマニュアルにまとめて周知します。切り替え初月は紙とシステムを並行して運用し、集計結果を突き合わせると安心です。
Step 7:定着を確認し、対象業務を広げる
打刻漏れの件数、締め作業の時間、残業時間の推移などを数か月見て、定着を確認します。安定したら、給与計算連携、年末調整、入退社手続きへと対象を広げていきます。
勤怠管理システム選びのポイント
打刻方法が現場に合っているか
事務所勤務中心ならPCやICカード、店舗なら据え置きのタブレットやICカード、現場への直行直帰が多いならスマートフォンのGPS打刻が向いています。不正打刻を防ぎたい場合は、生体認証に対応した製品も選択肢になります。現場の従業員が迷わず打刻できるかを最優先に考えてください。
自社の就業ルールに対応できるか
変形労働時間制、シフト制、フレックスタイム制、深夜・休日の割増、独自の手当など、自社の就業ルールをそのまま設定できるかを確認します。対応できない部分を手作業で補う運用にすると、DXの効果が大きく下がります。
給与計算ソフトと連携できるか
勤怠の集計データを、今使っている(またはこれから使う)給与計算ソフトへAPIやCSVで連携できるかを確認します。同じメーカーの給与ソフトとセットで使うと連携が簡単になる製品も多くあります。
料金体系とサポート体制
クラウド勤怠管理の料金は、1人あたり月額300〜500円程度が一つの目安です(2026年時点の比較記事による)。1人あたり課金か、機能ごとの加算か、最低利用料金があるかで総額が変わるため、自社の人数で試算して比べてください。導入時の設定支援や問い合わせ窓口の有無も、担当者が少ない中小企業では重要です。
主要な勤怠管理システムの料金比較と費用を抑える方法
主要3製品の料金比較表
中小企業で検討されることの多い3製品を、料金と特徴で比較しました(2026年9月時点。最新の料金は公式サイトをご確認ください)。
| 製品名 | 料金(2026年9月時点) | 主な機能・特徴 | 向いている会社 |
|---|---|---|---|
| KING OF TIME | 1IDあたり月額300円 | ICカード・PC・スマートフォン・生体認証など打刻手段が豊富。給与計算との連携にも対応 | 拠点や働き方が多様で、打刻方法を柔軟に選びたい会社 |
| freee勤怠管理Plus | 1ユーザーあたり月額300円 | シフト管理、各種申請・承認、アラート機能。freee人事労務との連携やAPI・CSV連携に対応 | freeeの給与・会計を使っている、または一体で導入したい会社 |
| ジョブカン勤怠管理 | 1機能あたり月額200円〜(機能追加で加算)。10名まで無料プランあり | 出勤管理・シフト管理・休暇申請管理・工数管理から必要な機能だけを選んで利用 | 小規模から始めたい会社、必要な機能だけに絞りたい会社 |
いずれも1人あたりの月額は数百円ですが、従業員数と利用機能によって総額は変わります。オプション費用や最低利用料金の有無も含め、各社の公式サイトで最新情報を確認したうえで試算してください。
補助金・助成金を活用する
勤怠管理や給与計算などのITツール導入には、公的な支援制度を使える場合があります。
- デジタル化・AI導入補助金2026(通常枠):勤怠・給与などのITツール導入が対象になり得ます。6次締切は2026年10月30日17:00(予定)です。
- 業務改善助成金:事業場内の最低賃金を引き上げ、あわせて設備投資やIT投資などで生産性を高める取り組みを支援する制度です。
対象要件や申請期間は変更されることがあります。最新情報は各制度の公式サイトをご確認ください。業務改善助成金の活用方法は、業務改善助成金2026とDX活用の解説記事でも詳しく取り上げています。
既存ツールを活かして小さく始める
すぐに有料システムを入れるのが難しい場合は、今あるツールで集計を自動化する方法もあります。たとえばMicrosoft 365を使っている会社なら、Power Automateで勤怠データの収集・集計を自動化できます。具体的な手順はPower Automateによる勤怠管理の自動化の解説記事をご覧ください。ただし、法令対応のアラートや給与連携まで考えると、専用システムの方が運用は安定します。
勤怠・労務DXの導入事例
当協会(一般社団法人中小企業販促・DX支援協会)のDX支援の現場では、「タイムカードの集計に毎月2〜3日かかっている」「就業規則とシステムの設定が食い違っていて残業代の計算がずれていた」といったご相談を多くいただきます。以下は、そうした現場でよく見られる導入パターンを、業種と規模のみに抽象化して紹介するものです。
事例1:飲食業(パート・アルバイト中心、従業員40名規模)
複数店舗で紙のタイムカードを使い、月末に本部の担当者が手集計して給与計算ソフトへ入力していました。各店舗にタブレットを置いてICカード打刻に切り替え、シフト管理機能で希望シフトの収集もスマートフォンから行うようにしました。集計と転記の作業がなくなり、締め作業にかかる日数が大きく減ったほか、シフトの予定と実績の差が見えるようになり、人件費の管理もしやすくなりました。
事例2:建設業(現場直行直帰が多い、従業員25名規模)
職人が現場に直行直帰するため、日報の手書き記録をもとに勤怠を集計しており、実際の労働時間の把握があいまいでした。スマートフォンのGPS打刻を導入し、時間外労働が一定時間を超えると管理者にアラートが届くよう設定しました。2024年4月からの上限規制への対応状況を月の途中で確認できるようになり、繁忙期の現場配置の見直しにも役立っています。
事例3:介護事業(24時間シフト制、従業員60名規模)
夜勤を含む複雑なシフトと、職種ごとの手当計算をExcelで管理しており、担当者1名に業務が集中していました。シフト制と深夜割増に対応した勤怠管理システムを導入し、給与計算ソフトとCSVで連携しました。導入前に就業規則と実際の運用をすり合わせ、手当の条件を整理したことで、計算のずれがなくなり、担当者以外でも締め作業を回せる体制になりました。
事例から見える共通点
3つの事例に共通するのは、ツールを入れる前に「現場に合う打刻方法」と「就業ルールの整理」を決めていたことです。システム選びそのものより、導入前の準備が成果を左右します。
勤怠・労務DXのデメリット・注意点
初期設定に手間がかかる
就業ルール、雇用形態、手当、承認フローなどの初期設定には、想定以上の時間がかかることがあります。特に例外的な運用が多い会社ほど設定が複雑になります。導入スケジュールには設定と並行運用の期間を十分に見込んでください。
ランニングコストが継続的に発生する
クラウドサービスは月額課金のため、従業員が増えるほど費用も増えます。機能の追加やオプションで想定より高くなることもあります。削減できる作業時間や計算ミスのリスクと比べて、費用に見合うかを試算しておきましょう。
現場の従業員への定着に時間がかかる
打刻方法が変わると、最初のうちは打刻漏れや申請漏れが増えがちです。特にITに不慣れな従業員が多い職場では、操作説明や声かけが欠かせません。定着するまでの数か月は、管理側のフォローが必要になります。
システム任せにすると法令対応を誤ることがある
システムは設定されたルールどおりに計算するだけで、設定そのものが法令や就業規則に合っているかまでは保証しません。割増率や休暇の付与ルールなど、判断に迷う点は社会保険労務士に確認したうえで設定してください。
個人情報の管理体制が必要になる
勤怠・労務のデータには、給与や家族情報などの個人情報が含まれます。閲覧権限の範囲、パスワード管理、退職者のアカウント停止などのルールを決めておく必要があります。
よくある失敗パターンと対策
失敗1:就業規則とシステム設定が食い違ったまま運用する
システムの計算結果を信用して確認を怠り、数か月後に残業代の計算がずれていたと気づくケースです。対策:設定前に就業規則と実際の運用を照合し、切り替え初月は旧来の方法と並行して集計結果を突き合わせてください。
失敗2:機能の多さで選び、現場が使いこなせない
高機能な製品を選んだものの、現場の従業員には操作が難しく、打刻漏れが続いて結局手修正が増えるケースです。対策:無料トライアルで実際に現場の従業員に使ってもらい、「迷わず打刻できるか」を基準に選んでください。
失敗3:給与計算との連携を後回しにする
勤怠はシステム化したものの、集計結果を給与計算ソフトへ手入力しているため、転記作業とミスが残るケースです。対策:製品選定の段階で、使っている給与計算ソフトとの連携方法(API・CSV)を必ず確認してください。
失敗4:担当者1人に任せきりにする
導入を担当した1人しか設定を理解しておらず、その人が不在になると誰も修正できなくなるケースです。対策:設定内容と運用手順を文書に残し、少なくとも2人が操作できる体制にしておきましょう。
まとめ
勤怠・労務DXは「打刻・集計・給与連携」から
勤怠・労務DXは、法令対応、最低賃金の改定、人手不足という中小企業を取り巻く環境の変化に対応するための土台づくりです。まずは毎月の負担が大きい打刻・集計・給与連携をシステム化し、就業規則との整合を確認したうえで、段階的に対象業務を広げていくのが確実な進め方です。
クラウド勤怠管理は1人あたり月額数百円から利用でき、補助金・助成金を活用できる場合もあります。まずは現状の工数を数字で把握し、無料トライアルで現場に合う製品を見極めるところから始めてみてください。そのほかの業務効率化の情報は、当協会のDX・AI情報サイトでも発信しています。


