2026年秋も地域別最低賃金の大幅な引き上げが見込まれており、「賃上げは避けられないが、原資をどう確保するか」は中小企業経営者にとって切実な課題です。当協会の支援現場でも、飲食・介護・小売の経営者から「時給を上げる以上、同時に業務を効率化しないと持たない」という声を多くいただきます。
その解決策として、賃上げと生産性向上のための設備投資(ITツール導入を含む)をセットで支援する業務改善助成金が、令和8年度(2026年度)は9月1日から交付申請の受付を開始しました。本記事では、2026年9月時点の要件・助成率・上限額・申請の流れを整理したうえで、予約システム・勤怠管理・POS・クラウド業務ツールの導入を「生産性向上設備投資」として組み立てるDXの視点から解説します。制度の詳細や最新情報は必ず厚生労働省の公式サイト(業務改善助成金)をご確認ください。
業務改善助成金とは
賃上げを条件に設備投資費用を助成する国の制度
業務改善助成金とは、事業場内で最も低い時給(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げることを条件に、生産性向上に資する設備投資やITツール導入、コンサルティングなどにかかった費用の一部を国(厚生労働省)が助成する制度のことです。助成されるのは設備投資等の費用であり、引き上げた賃金そのもの(人件費)は助成対象ではありません。上限額は引き上げ額と対象人数に応じて決まり、最大600万円です。
令和8年度の主な変更点
令和8年度は制度が大きく再編されました。第一に、例年4月からだった申請受付が9月1日開始に変更され、申請期限が「都道府県の地域別最低賃金の発効日の前日、または2026年11月30日のいずれか早い日」となりました。全国一律の締切はなく、最低賃金の改定が早い都道府県では実質1か月程度の短期決戦になります。第二に、賃金引上げコースが50円・70円・90円の3コースに再編され、従来の30円・45円・60円コースは廃止されました。第三に、事業主単位の年間上限が600万円と定められ、助成率の区分が「1,050円」を基準に見直されました。また、自動車は令和8年度から対象外です。
対象となる事業者
対象は、資本金または従業員数の基準を満たす中小企業・小規模事業者で、みなし大企業は除きます。加えて、事業場内最低賃金が地域別最低賃金を下回る状態(現行の最低賃金は満たしているが、秋に改定される新しい地域別最低賃金と比べると下回る状態)であることが要件です。現時点で最低賃金を下回る違法状態の事業場は申請できません。労働者がいない事業者は対象外で、申請は事業場単位、同一年度・同一事業場につき1回です。
制度概要:要件・助成率・上限額・対象経費
主な要件
- 事業場内最低賃金を50円以上引き上げること(50円・70円・90円のいずれかのコース)
- 生産性向上に資する設備投資等(税抜10万円以上)を行うこと
- 引上げ対象労働者は、雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者であること
- 賃金引上げは交付申請後から着手可能(交付決定を待たなくてよい)だが、地域別最低賃金の発効日の前日までに実施すること
- 設備投資は交付決定後に契約・導入・支払いを行うこと(交付決定前の契約・支払いは対象外)
- 経費の支払いは振込払いのみ、原則2者以上の相見積を取ること(10万円未満を除く)
助成率と上限額(2026年9月時点)
助成率は、引上げ前の事業場内最低賃金が1,050円未満なら4/5、1,050円以上なら3/4です。上限額はコースと引上げ人数で決まります。
| コース | 1人 | 2〜3人 | 4〜5人 | 6〜7人 | 8人以上 | 特例10人以上 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 50円コース | 30万円(30人未満:40万円) | 40万円(30人未満:70万円) | 70万円 | 90万円 | 110万円 | 130万円 |
| 70円コース | 40万円(30人未満:50万円) | 50万円(30人未満:100万円) | 130万円 | 180万円 | 230万円 | 300万円 |
| 90円コース | 90万円(30人未満:100万円) | 150万円(30人未満:240万円) | 270万円 | 360万円 | 450万円 | 600万円 |
「30人未満」は事業場規模(申請する店舗・工場・オフィス単位で常時使用する労働者数)で判定します。会社全体で40人でも申請する店舗が15人であれば30人未満の有利な上限額が適用されます。事業主単位の年間上限は600万円です。なお、賃上げした結果に時給を追い抜かれる従業員も同額以上引き上げれば引上げ人数にカウントできるため、上限枠を広げやすい設計になっています。
対象経費とDX投資の該当例
対象経費の例は、POSレジ、予約システム、在庫管理システム、勤怠管理システム、業務管理システム、クラウドツール、機械設備、国家資格者等によるコンサルティングなどです。一方、PC・タブレット・スマートフォンは原則対象外(特例事業者の物価高騰等要件に該当する場合のみ可)、自動車は令和8年度から対象外です。つまり「汎用機器」は買えないが、「業務を効率化する仕組み(ソフトウェア・システム)」は幅広く対象になる、と理解しておくと計画を立てやすくなります。
DX視点:ITツール導入を「生産性向上設備投資」として組み立てる
賃上げ原資とITツールを結びつけるストーリー
審査で問われるのは「その設備投資がどのように生産性を上げ、賃上げを持続可能にするか」という筋道です。たとえば飲食店なら次のような組み立てになります。
「現在、電話予約の受付と手書き台帳への転記に1日約2時間を要し、記載ミスによるダブルブッキングも月数件発生している。Web予約システム(クラウド)を導入して予約受付を自動化し、台帳管理と顧客情報の入力をなくすことで、ホールスタッフ1名あたり1日約1.5時間を接客と売上向上業務に振り向ける。これにより1人あたり売上を向上させ、事業場内最低賃金を70円引き上げた後も安定的に賃金を支払える体制を構築する。」
このように、「現状の非効率(時間・ミス)」→「導入するツールと自動化される作業」→「削減される時間と生み出される価値」→「賃上げ後も維持できる根拠」の順で書くと、DX投資と賃上げが一本の線でつながります。事業計画の書き方は補助金の事業計画書の書き方も参考にしてください。
業種別のツール候補
- 飲食・美容・サービス業:Web予約システム、セルフオーダー、POSレジ、キャッシュレス決済連携
- 製造・建設業:在庫管理・工程管理システム、図面や日報のクラウド共有、勤怠・原価管理
- 介護・医療:勤怠管理システム、記録・請求システム、シフト作成ツール
- 小売・卸売:POSレジと在庫の連動、受発注のクラウド化、顧客管理
複数のツールを合算して10万円(税抜)以上にすることも可能ですが、いずれも生産性向上に直結することが必要で、娯楽性の高い備品との合算は認められません。ツール選定の考え方はDX推進計画の立て方で詳しく整理しています。
他制度との違い
| 制度 | 所管 | 主な要件 | 助成・補助の考え方 | 向いているケース |
|---|---|---|---|---|
| 業務改善助成金 | 厚生労働省 | 事業場内最低賃金の50円以上の引上げ+生産性向上設備投資 | 助成率4/5または3/4、上限30万〜600万円 | 最低賃金近辺の従業員がいて、賃上げと同時に業務効率化したい |
| 中小企業省力化投資補助金 | 経済産業省・中小企業庁 | 省力化に資する設備・システム投資(カタログ型・一般型) | 補助率1/2等、従業員規模別の上限 | 人手不足解消のための省力化設備を導入したい |
| デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金) | 経済産業省・中小企業庁 | 登録支援事業者を通じたITツール・AI導入 | 補助率1/2〜、ツール費用の一部を補助 | 賃上げ要件を満たさなくてもITツールを導入したい |
| 賃上げ促進税制 | 財務省・国税庁 | 給与等支給額の前年度比増加 | 増加額の一定割合を法人税から税額控除 | 黒字企業で賃上げ額が大きく、税額控除の効果が出る |
同一経費に複数の補助金・助成金を併用することはできませんが、設備ごとに制度を分ける、賃上げ促進税制(税制なので併用可)を組み合わせるといった設計は可能です。省力化投資補助金の詳細は省力化投資補助金の解説記事、補助金全体の俯瞰はDX補助金完全ガイドをご覧ください。
申請の流れ(ステップ形式)
Step 1:自社の事業場内最低賃金と対象者を確認する
事業場ごとに最も低い時給を算出します。月給・日給の従業員は時給換算し、通勤手当・精皆勤手当・家族手当・賞与・残業代などは除外して計算します。引上げの起点となる従業員は、雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者に限られるため、入社時期と雇用保険加入状況もあわせて確認します。
Step 2:導入するツール・設備を選定し、相見積を取る
賃上げと結びつく生産性向上のストーリーを作り、対応するツールを選びます。原則2者以上の相見積(10万円未満を除く)が必要なため、ベンダーへの見積依頼はこの段階で行います。ただし、契約や支払いは交付決定後まで待たなければなりません。
Step 3:交付申請書類を作成し、労働局へ提出する
交付申請書、事業実施計画書、賃金引上げ計画、見積書、過去6か月分の賃金台帳の写しなどを揃えて、都道府県労働局へ提出します。窓口持参・郵送のほか、電子申請システム「Jグランツ」からも申請できますが、Jグランツを使う場合はGビズIDプライムアカウントの事前取得が必要です。賃金台帳は労働時間数や残業時間が印字された法定項目を満たすものが必要で、給与明細のコピーでは代替できません。
Step 4:賃金を引き上げる(交付決定を待たない)
交付申請の完了後(郵送の場合は労働局到着後)から地域別最低賃金の発効日の前日までに、新しい時給を定めた就業規則等を改定・適用します。交付決定を待つと最低賃金の発効に間に合わなくなるため、申請と同時に賃上げの準備を進めます。
Step 5:交付決定後に設備投資を実施する
労働局の審査(3か月程度が目安)を経て交付決定通知が届いてから、ツールの契約・導入・支払い(振込)を行います。事業完了期限は2027年1月31日(延長承認時は3月31日)です。
Step 6:実績報告と助成金の受領
事業完了から1か月以内または2027年4月10日のいずれか早い日までに、事業実績報告書に改定後の就業規則の写し、領収書・振込記録などを添えて提出します。審査後、指定口座に助成金が振り込まれます。
活用事例
飲食業(従業員12名規模):Web予約システム+POSレジで70円コース
電話予約の対応と手書き台帳への転記に追われていた居酒屋が、Web予約システムとPOSレジを導入し、事業場内最低賃金を70円引き上げました。事業場規模30人未満で引上げ対象2名のため上限100万円、引上げ前の時給が1,050円未満だったため助成率4/5が適用され、約110万円の投資に対して約88万円の助成を受けました。予約管理の工数が1日1.5時間減り、ダブルブッキングもなくなっています。
製造業(従業員35名規模):在庫・工程管理システムで90円コース
手書きの在庫台帳と Excel の工程表を、クラウド型の在庫・工程管理システムに置き換えた金属加工業の事例です。引上げ対象が6名で90円コースの上限360万円、システム導入と初期設定費用の合計約400万円に対して助成率3/4で約300万円の助成を受けました。在庫確認と進捗報告の時間が月40時間削減され、賃上げ後も利益率を維持しています。
介護事業(従業員25名規模):勤怠管理+記録システムで50円コース
タイムカードと紙の介護記録を、勤怠管理システムと記録・請求システムに切り替えた訪問介護事業所の事例です。引上げ対象3名で50円コース(30人未満)の上限70万円、約80万円の導入費用に対して約64万円の助成を受けました。当協会が支援した際は、勤怠集計の自動化で月10時間、記録の転記削減で職員1人あたり1日30分の短縮を計画書の根拠として整理し、賃上げの持続可能性を説明しました。
デメリット・注意点
申請期間が短く、予算上限で早期終了する可能性がある
令和8年度は9月1日受付開始で、締切は都道府県の最低賃金発効日の前日または11月30日の早い方です。国の予算上限に達すると期間内でも受付が終了するため、9月中の申請を目標に準備を進める必要があります。
設備投資の事前着手は一切認められない
交付決定前に契約・発注・支払いを済ませた設備は助成対象外になります。ベンダーの「早く導入した方がよい」という提案に流されず、交付決定通知の到着まで契約を待つ運用を徹底してください。逆に賃上げは申請後すぐに着手する必要があり、両者のタイミングが異なる点が最大の落とし穴です。
賃上げは恒久的で、助成金は後払い
引き上げた時給は将来にわたって支払い続けることになり、助成されるのは設備費用のみです。また助成金は実績報告後の後払いのため、設備投資の資金は一時的に自社で立て替える必要があります。資金繰り計画に組み込んでおいてください。
不交付事由と併用制限
申請前6か月以内に解雇や賃金引下げ等を行っている場合は不交付となります。また、同一経費に他の補助金を併用することはできません。PC・タブレットは原則対象外、自動車は対象外である点も、計画段階で確認しておく必要があります。
よくある失敗パターンと対策
失敗1:交付決定前にツールを契約してしまう
最も多い失敗です。対策は、社内で「契約・発注は交付決定通知の到着後」と明文化し、ベンダーにも助成金申請中であることを伝えて契約日を調整してもらうことです。相見積の取得は事前に済ませてかまいません。
失敗2:賃金台帳の不備で差し戻される
過去6か月分の賃金台帳に労働時間数や残業時間が印字されていないと受理されません。給与ソフトの出力設定を見直し、法定項目が揃っているかを申請前に確認します。歩合給や変動手当がある従業員は1年分を求められる場合があるため、早めに準備しておきます。
失敗3:ツール導入が「生産性向上」として説明できない
汎用的なPCの購入や、業務との関連が薄い備品は対象外です。「どの作業の、どの時間が、どれだけ減るか」を数値で示せるツールに絞り、計画書に現状の作業時間と導入後の見込みを記載します。現状把握が難しい場合は、1週間だけ作業時間を記録するだけでも根拠として使えます。
失敗4:引上げ人数のカウントを誤り、上限額を取り損ねる
最低賃金の従業員だけを引き上げると、時給を追い抜かれる従業員が出て不満につながるうえ、上限額も小さくなります。追い抜かれる従業員も同額以上引き上げれば人数にカウントできるため、賃金テーブル全体を見直して人数と上限額を最適化します。社労士や当協会のような支援機関に早めに相談すると、この設計を短時間で整理できます。
まとめ
業務改善助成金 2026(令和8年度)は、事業場内最低賃金の50円以上の引上げと生産性向上設備投資をセットで行う中小企業に対し、費用の4/5または3/4(上限30万〜600万円)を助成する制度です。9月1日に受付が始まり、締切は都道府県の最低賃金発効日の前日または11月30日の早い方と短期決戦のため、事業場内最低賃金の確認、ツールの相見積、賃金台帳の整備を今すぐ進めることが重要です。予約システム・勤怠管理・POS・クラウド業務ツールの導入は、賃上げを持続させる生産性向上投資として組み立てやすく、DXと賃上げを同時に前進させる好機です。制度の最新情報は必ず厚生労働省の公式サイトでご確認いただき、どのツールを賃上げと結びつけるべきか迷う場合は、当協会のDX・AI活用支援サイトの各記事や下記の無料相談をご活用ください。


