「社員にDX研修を受けさせたいが、受講料の予算が出せない」。中小企業の経営者からよくいただく相談です。生成AI研修もクラウドの運用者育成も1人あたり数万円から数十万円かかり、複数名を出すとまとまった金額になります。
この負担を軽くする制度が厚生労働省の人材開発支援助成金です。なかでも「事業展開等リスキリング支援コース」はDX化に伴う訓練が対象に含まれ、中小企業なら訓練費用の最大75%が助成されます。助成内容・DX研修への当てはめ方・申請の流れ・つまずきどころを整理します。
なお助成率・上限額・要件・申請期間は改正されることがあります。最新情報は厚生労働省の公式サイトで必ずご確認ください。数値の出典は「厚生労働省 人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)」です。
人材開発支援助成金とは|DX研修に使える助成金の全体像
複数のコースで構成された「訓練費用の助成」制度です
従業員に職業訓練を実施した際、その経費と訓練時間中の賃金の一部を助成する制度です。人材育成支援コース、教育訓練休暇等付与コースなど目的別に分かれており、どれを使うかで助成率も要件も変わり、最初の分岐が受給額に直結します。
補助金と助成金は性質が違います
IT導入補助金などの経済産業省系補助金は財源が税金で、公募期間内に申請し採択された企業だけが受けられる競争型です。対して本助成金は財源が雇用保険料のため、要件を満たして手続きを踏めば原則として受給できる性質を持ちます。採択の不確実性が小さく、DX投資の計画に織り込みやすくなります。
DX人材育成の軸になるのは「事業展開等リスキリング支援コース」
理由は2つあります。1つは対象訓練に「DX化・グリーン/カーボンニュートラル化に伴う訓練」が明記されていること。もう1つは他コースより経費助成率が高いことです。クラウド活用や生成AIの研修は、趣旨に正面から当てはまります。
助成率・賃金助成・年度あたりの上限
| 区分 | 経費助成率 | 賃金助成(1人1時間あたり) | 年度あたりの支給限度額 |
|---|---|---|---|
| 中小企業 | 75% | 1,000円 | 1億円 |
| 大企業 | 60% | 500円 | 1億円 |
外部研修に3名で60万円を支払った中小企業なら、経費助成は45万円程度が目安です。1人20時間を3名なら6万円程度の賃金助成が上乗せされます。実際の支給額は要件の充足状況や上限の適用で変わります。
対象になる訓練の条件は「10時間以上のOFF-JT」
対象は10時間以上のOFF-JT(業務外訓練)で、業務の合間に先輩が教えるOJTでは要件を満たしません。外部講座の受講や講師を招いた集合研修など、日常業務から切り離した形が必要です。対象経費は受講料・教材費・講師謝金など訓練に直接かかる費用です。「半日3時間を1回」では届かず、2日間で10〜16時間程度が現実的です。
令和8年度(2026年度)の主な改正点
実務に影響する変更が2点あります。1つは認定支援機関の確認が必要になったこと。もう1つはおおむね3年以内の人事配置計画に基づく訓練も対象に拡大されたことです。後者は将来就く業務を前提とした育成も対象になり得るため、DX人材の先行育成に使いやすくなりました。あわせて令和8年度が本コースの最終年度とされていますので、年度内の計画届提出が重要です。
DX研修でこの助成金をどう使えるか
生成AI活用研修
いま最も相談が多い領域です。議事録要約、メール下書き、資料の骨子作成といった業務への落とし込みまで含む研修が対象になりやすい形です。外部研修機関の「生成AI業務活用講座(2日間・12時間)」のような受講料が対象経費の中心です。ツール自体の月額利用料は対象外です。
Google Workspace/Microsoft 365 の運用者育成
導入はしたが使われていない状態から抜け出すための研修です。管理コンソールの権限設計、共有ドライブの構成、セキュリティ設定など社内で設定を回せる人を作る研修は、DX化に伴う訓練として説明しやすい内容です。認定トレーニングや外部講師の集合研修の受講料・講師謝金が対象経費の候補です。
ノーコード内製化研修(AppSheet・kintone など)
日報・点検記録・案件管理といった紙やExcelの業務をアプリ化する研修です。AppSheet や kintone のハンズオン研修は1名10万円前後の講座も珍しくなく、2〜3名で受けると総額が大きいため助成の効果を体感しやすい使い方です。受講料に加え研修用テキスト・教材費も対象経費です。
データ活用・BI研修
売上・在庫・工数をダッシュボードで可視化する研修です。Looker Studio や Power BI の操作だけでなく、指標設計やデータの前処理を含むプログラムにすると説明しやすくなります。Excel の基本操作だけの汎用的な内容は認められにくい可能性があるため、記載に注意してください。
申請の流れは「訓練開始前の計画届」から始まります
Step1・Step2|訓練計画の検討と職業訓練実施計画届の提出
Step1で、誰に・どの訓練を・何時間受けさせるかを決め、訓練機関を選定します。Step2で職業訓練実施計画届を労働局(またはハローワーク)へ提出します。提出は訓練開始前までです。「訓練開始日から一定日数前まで」という考え方があるため、研修日程を押さえる前に逆算してください。講座選定と計画届の準備は並行させるのが安全です。
Step3|訓練の実施と記録
訓練を実施し、出勤簿・賃金台帳・受講記録(署名入り出席簿など)・カリキュラムや当日資料を残します。これが支給申請の根拠になるため、研修当日に「誰が何時から何時まで受講したか」を確定できる運用を事前に決めておく必要があります。
Step4・Step5|支給申請と支給決定
訓練終了後、定められた期間内に支給申請を行い、領収書・受講記録・賃金台帳などの証憑を添付します。労働局の審査を経て支給決定となり、指定口座へ入金されます。入金までには一定の期間を要するため、資金繰りは「支払いが先、入金が後」を前提にしてください。個別の適否判断について、詳細は社会保険労務士や労働局へご確認ください。
活用事例:DX研修に人材開発支援助成金を活用した3社
製造業のお客様(従業員50名規模)|生産管理3名にノーコード研修
紙の生産日報をExcelへ転記する作業に毎日1時間以上かかっていた企業です。生産管理担当3名へ、ノーコードツールのハンズオン研修を1人16時間(2日間)受講させました。研修後は日報の入力アプリを社内で作成し、3か月時点で転記時間は1日30分程度まで減りました。外注なら数十万円かかる開発を内製で始められた点を評価いただいています。
卸売業のお客様(従業員20名規模)|全社員に生成AI基礎研修
見積書作成と問い合わせメール返信に時間がかかっていた企業です。全社員へ、生成AIの基礎と業務プロンプトの作り方を扱う研修を1人12時間実施しました。研修後は返信の下書きをAIで作る運用が定着し、担当者の実感として返信1件あたりの時間が半分程度に。使う人と使わない人の分断が起きなかった点も効果でした。
建設業のお客様(従業員70名規模)|現場監督向けクラウド管理ツール研修
現場写真と工程表が担当者ごとにバラバラだった企業です。現場監督8名へ、クラウド型の工事管理ツールと共有ドライブの運用研修を1人10時間実施しました。研修後は写真の命名規則と保存先を統一し、事務所側で進捗を確認できる状態に。電話確認が減り報告書作成の時間も短縮されました。研修と同時に運用ルールを決めたことが定着の要因です。
デメリット・注意点
助成金は後払いのため、受講料の立替が必要です
受講料は訓練前または訓練時に企業が支払い、入金は訓練終了後の支給申請・審査を経た後です。数十万円規模なら数か月その分の資金を寝かせます。「助成率75%だから実質25%の負担」は正しいのですが、一時的には100%の支出が発生する点を資金繰り表に反映してください。
計画届の事前提出を逃すと、その訓練は対象外になります
訓練開始後に気づいても遡って申請できません。この1点で機会を失う例が最も多く、救済手段がありません。研修の申し込みボタンを押す前に提出期限を確認する順序を守ってください。
対象外になる経費があります
社内講師の人件費、訓練に直接関係しない飲食費、ツールの月額利用料などは対象外と整理されます。一般的なビジネスマナー研修のように汎用的すぎる内容も認められない可能性があります。見積書の内訳を対象経費と対象外経費が区別できる形で作ってもらうと、申請時の整理が楽です。
証憑管理の手間は想像より重い
賃金台帳・出勤簿・受講記録・カリキュラム・領収書を、訓練実施の事実が確認できる形で揃えます。特に受講記録は当日集めないと後から再現できません。担当者を1名決め、当日のチェックリストを用意してください。
手続要件の追加と不正受給のリスク
令和8年度からは認定支援機関の確認が必要になり、段取りが1段増えました。実際には行っていない訓練を申請する行為は不正受給にあたり、返還や企業名公表といった重い措置の対象になります。要件の解釈に迷う部分を自己判断で埋めないことが、いちばん安全です。
よくある失敗パターンと対策
訓練開始後に気づいて申請できない
対策は、研修の検討を始めた時点で可否確認を工程に入れること。研修会社に「この講座は本助成金の対象になり得るか」を先に確認し、労働局へ提出期限を照会しておくと日程調整の余地が残ります。
「DXに関係する研修」の解釈を自己判断して対象外になる
自社ではDX研修と考えていた内容が、汎用的な研修と判断されることがあります。対策は、カリキュラムに「どの業務を、どのツールで、どう変えるための訓練か」を具体的に書き込むこと。迷う段階で社会保険労務士や労働局へ照会してください。
受講記録の不備で減額される
出席簿の署名漏れ、訓練時間の記載が曖昧、賃金台帳と出勤簿の整合が取れていない——こうした不備で対象時間が削られることがあります。対策は、研修初日の朝に記録フォーマットを配り、終了時にその場で回収する運用です。
助成金を前提に予算を組み、資金ショートする
入金時期を売上入金と同じ感覚で見込むと、支払いが集中する月に資金が足りなくなります。助成金は「後から戻ってくるお金」として別枠で管理し、研修費の支払いはまず自己資金か借入で賄える計画にしておきましょう。
まとめ|年度内に動くなら、計画届の締切から逆算してください
当協会がDX支援の現場で相談を受けるなかで感じるのは、研修費の捻出がボトルネックになっている企業が多い一方で、計画届の事前提出という一点を知らないまま、使えたはずの助成を逃している例が目立つということです。ツール選定や研修内容の議論は熱心に進むのに、「いつまでに何を出すか」の確認が最後に回る。結果として研修を実施した後にご相談をいただき、今回は対象外ですとお伝えするしかない場面があります。順序を1つ入れ替えるだけで結果が変わります。検討の初期に締切を押さえてください。
今月中に確認しておきたい3点
①受けさせたい研修を10時間以上のOFF-JTとして組めるか、②計画届の提出期限はいつか(訓練開始日から逆算)、③受講料の立替分を何月に支出できるか。この3点が揃えば年度内の実施可否はほぼ判断できます。令和8年度が本コースの最終年度とされていますので、早めに動かれることをお勧めします。
当協会にご相談いただけること
生成AI活用・Google Workspace/Microsoft 365 の運用設計・ノーコード内製化について中小企業向けの支援を行っており、「どの研修を、誰に、何時間受けさせるべきか」という研修設計から一緒に整理できます。申請手続きは社会保険労務士の領域ですので、必要に応じて役割分担のうえ進めます。あわせて中小企業のDX・AI活用情報(当協会オウンドメディア)もご覧ください。


