「DXを進めたいが、自社が今どの段階にいるのか分からない」。中小企業の経営者から最も多くいただくご相談です。この状態を解消するために国が用意した道具が、経済産業省の「DX推進指標」です。本記事では指標の構成とレベルの読み方、日本企業の現在地、自己診断を回す手順を整理します。制度情報は2026年9月時点のものです。
DX推進指標とは、国が用意した無料の自己診断ツールです
2019年7月に経済産業省が取りまとめた「気付きの機会」
DX推進指標は、経済産業省が2019年7月に取りまとめた自己診断ツールです。目的は企業の格付けではなく、経営者と社内関係者がDX推進の現状と課題認識を共有し、次のアクションにつなげるための「気付きの機会」を提供することにあります。結果の収集・分析は現在IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が担い、提出企業には他社比較(ベンチマーク)が返されます。
9項目のキークエスチョンと、定性・定量の2本立て
中心にあるのは、経営者自身が答える9項目のキークエスチョンです。ビジョン、経営トップのコミットメント、体制・人材・投資判断といった仕組み、ITシステムの構築が問われ、その下に社内の実態を問うサブクエスチョンが置かれます。つまずきやすいのは定量指標で、そもそも測っていないケースが多くあります。無理に埋めず、「測っていない」事実を課題として記録してください。
試験ではなく、認識ギャップを見つける道具です
これは評価される試験ではなく、経営陣と現場の認識ギャップを見つけるための道具です。高い点に価値はなく、経営者と現場の回答が食い違った項目こそ、最も投資効率の高い改善ポイントです。点数を上げることが目的化した瞬間、回答は実態から離れ、ギャップが埋め隠されます。
成熟度レベル0〜5を読み解き、現在地と照らし合わせます
レベル0からレベル5までの定義を確認する
定性指標は0から5の6段階で評価します。
| レベル | 状態の目安 | 中小企業での典型的な姿 |
|---|---|---|
| 0 | 未着手 | 紙とExcel中心 |
| 1 | 一部での散発的な実施 | 特定部署だけがクラウドを使う |
| 2 | 一部での戦略的実施 | 全社方針のもと特定業務に仕組みを入れた |
| 3 | 全社戦略に基づく部門横断的推進 | 部門をまたぎデータが共有される |
| 4 | 全社戦略に基づく持続的実施 | KPIで成果を測り改善が回っている |
| 5 | グローバル市場におけるデジタル企業 | 中小企業の当面の目標ではない |
現実的に目指すべきは、まずレベル2〜3です
従業員数十名から100名規模なら、狙うべきはまずレベル2、次にレベル3です。レベル4はデータを取る仕組みと判断する会議体の両方を要します。レベル2へ上げるために必要なのは高価なシステムではなく、経営者が方針を文章にし、担当を明確にし、対象業務を1つか2つに絞ることです。
2025年版レポートでは「レベル1以上2未満」が最多です
IPA「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2025年版)」(2026年5月公開)は、2025年1月から12月に提出された1,164件を分析したものです(前年版は1,349件)。現在値(平均)の分布で最も多いのは「レベル1以上2未満」、次いで「レベル2以上3未満」でした。そしてレベル4以上は全体の約3%にとどまります。提出企業はDXに一定の関心がある層ですから、日本企業全体よりむしろ前向きな集団の姿です。
「部分最適段階」という指摘が、レベル2の壁を説明します
同レポートでIPAは、日本企業のDXは「部分最適段階」が中心であり、DXには「経営の仕組み」と「ITシステムの構築」の両方が必要だと指摘しています。ツールは入れたが全社の仕組みは変わっていない状態が平均像だということです。壁の要因は3点です。経営の仕組みでは、投資判断の基準(いくらまで・何年で回収とみなすか)がなく判断が場当たり的になる。IT基盤では、部門ごとに別ツールを入れた結果データがつながらず、突き合わせを人が手で行っている。人材では、DX担当が総務や経理と兼務で、業務時間の何割を充てるか決めず通常業務に押し流される。
中小企業が自己診断を実施する5つのステップを踏みます
当協会がDX支援に入る際、まず必ず行うのが、経営者と現場担当者に別々に現状認識を答えてもらうことです。そして、ほぼ必ずズレが出ます。典型は情報共有の項目で、経営者は「必要な情報は共有できている」と答えるのに、現場は「どのフォルダにあるか分からず、前回のファイルをメールの履歴から探している」と答えます。受注状況でも、経営者は「聞けばすぐ分かる」、現場は「集計に半日かかる」と割れます。経営者は情報が届いていることを、現場は届けるまでの手間を見ているからです。
Step 1:経営者と担当者が、別々に回答します
原則は1人で埋めても意味がないことです。一人で埋めた診断は、その人の認識の記録にしかなりません。経営者と実務担当者1〜2名が独立して回答してください。同席させないことが要点で、全員で集まると社長の発言に他の回答が引っ張られます。所要は1人60分から90分です。
Step 2:ギャップの大きい項目だけを特定します
回答が揃ったら項目ごとに差を取ります。見るのは平均点ではなく差です。経営者がレベル3、現場がレベル1なら差は2。大きい順に3つから5つ抜き出します。差が出やすいのは「データの共有・活用」「業務の標準化」「人材育成」の周辺です。
Step 3:そのギャップ項目だけを議論します
全項目を振り返る会議は時間が足りません。抜き出した3〜5項目に絞り、60分から90分の会議を1回設定します。議題は「どちらが正しいか」ではなく「なぜ認識が違ったのか」です。司会は経営者以外が務めるとうまくいきます。
Step 4:次の半年の打ち手を3つに絞ります
やるべきことは10個以上出てきますが、3つに絞ります。基準は「半年以内に完了できるか」「現場の作業時間が実際に減るか」「費用が投資判断のラインに収まるか」です。担当者名と期限を付けます。担当が「全員」の打ち手は動きません。初期の3つは既存クラウドの活用と社内ルール整備が中心で、月額数万円に収まる例もあります。
Step 5:半年後に再診断し、差分を見ます
自己診断の価値は2回目に出ます。同じ設問に同じメンバーが答えることで、絶対値ではなく変化が見えます。経営者と現場の差が縮まったかが重要で、レベルが上がっていなくても差が縮まれば前進しています。DXの進め方は中小企業のDX・AI活用情報(当協会オウンドメディア)でも取り上げています。
自己診断を活用した3つの事例をご紹介します
製造業のお客様(従業員60名規模):2段階のギャップが判明
経営者は生産管理システム導入済みのため自社を「レベル3程度」と評価していました。ところが現場担当者3名は同じ項目を「レベル1」と回答。システムには最終結果しか入力せず、日々の進捗は各担当者が個別のExcelで管理していたためです。最初の打ち手は新システムではなく、共有ストレージのフォルダ構成と命名ルールの決め直しでした。過去ファイルを探す時間が1日あたり20分程度減り、1名あたり月7時間前後の余裕が生まれました。
卸売業のお客様(従業員30名規模):KPIの定義から着手
定量指標がほぼ空欄になりました。効果を測る数値もIT投資の配分も把握していなかったためです。当初は失敗と受け取られましたが、これが最大の発見でした。打ち手をKPI定義に絞り、受注から出荷までのリードタイム、見積作成の平均時間、月次数値の確定日数の3つを手入力で測り始めました。3か月後、見積作成に平均40分かかると判明し、テンプレート整備という次の打ち手が決まりました。
サービス業のお客様(従業員100名規模):人材育成が改善
1回目は人材育成の項目が経営者・現場ともに低いレベルで一致しました。研修制度がないのではなく、学びが業務と紐づいていなかったためです。打ち手は月1回・1時間の社内勉強会で、テーマを「自社で実際に困っていること」に限定し、外部講師は呼ばず担当者が工夫を共有する形にしました。半年後の再診断では人材育成が1段階上がりました。
デメリット・注意点を5つ押さえておきます
診断が目的化し、点数を上げる作業になる
恒例行事として続けるうちに「前年より下げられない」空気が生まれ、回答が実態から離れます。レベルは社外に公表するものではありません。低い回答が出たときこそ収穫があった、という受け止め方を経営者が率先して示してください。
設問が大企業前提で、解釈が難しい項目がある
「IT部門」「事業部門」を前提とした設問は、部門が分かれていない規模では読み替えが必要です。「システムを管理する人と実際に使う人が話し合えているか」と置き換え、読み替えた内容はメモに残し、次回も同じ読み替えで回答してください。変えると差分を比較できません。
自己評価であるため、甘くも厳しくもなる
第三者の監査ではないため、回答者の性格や社内の空気で結果が動きます。慎重な担当者は低めに、前向きな経営者は高めに出ますが、複数名で回答すれば相当程度補正できます。
診断しただけでは、何も変わらない
自己診断は体温計であって治療ではありません。レポートにまとめた段階で満足すると、半年後に同じ結果が出ます。Step 4の「3つの打ち手・担当者・期限」までを必ずセットにしてください。
提出システムの受付状況が変わる場合がある
改訂されたDX推進指標による自己診断結果の提出は、2026年4月3日から受付が開始されています。一方、2026年9月4日時点のお知らせとして、回答受付のWebフォーム化に伴うシステム改修のため受付が一時停止されている旨が案内されています。本記事の制度情報は2026年9月時点のものです。提出前に必ずIPAの公式サイトで最新の受付状況をご確認ください。社内で回答する作業自体は、受付状況に関係なく実施できます。
よくある失敗パターンと対策を知っておきます
失敗1:担当者が1人で埋めて、経営に共有しない
「やっておいて」と丸投げされ、結果をファイルサーバーに保存して終了。最も多い失敗で、認識ギャップという最大の成果物が生まれません。対策は経営者自身が回答者の1人になることです。
失敗2:全項目を改善しようとして、どれも進まない
低い項目が並ぶと全部に手を付けたくなりますが、同時に動かせるのは3つ程度です。絞らなかった項目は「今期はやらない」と明示的に決めて記録してください。
失敗3:「レベルを上げること」がゴールになる
レベルは手段の指標であり、目的は残業が減る・月次数値が早く出るといった経営上の変化です。打ち手ごとに「何がどれだけ変わったら成功か」を業務の言葉で書いてください。「見積作成を40分から20分へ」と具体化すれば振り回されません。
失敗4:1回やって終わりにしてしまう
定点観測に意味があり、1回では良いのか悪いのか判断できません。1回目の会議の場で半年後の再診断日を入れ、再診断時は前回の回答を見ずに答えてから突き合わせてください。前回を見ると無意識に寄せてしまいます。
まとめ:点数ではなく、認識ギャップを見るために使います
今日から着手できる3つのこと
DX推進指標は、経済産業省が2019年7月に取りまとめ、IPAが分析を担う無料の自己診断ツールです。IPAの分析レポート(2025年版)では、2025年に提出された1,164件のうち最も多いのは「レベル1以上2未満」で、レベル4以上は約3%です。自社の点数が低く出ても、特別に遅れているわけではありません。
今日から着手できるのは、①経営者と現場担当者が別々に回答する日程を決める、②ギャップ検討の会議を60分確保する、③半年後の再診断日をカレンダーに入れる、の3点です。


